愛子様の婿候補としてイケメンの華道家が上がっていることはご存じでしょうか。
華道家でイケメンなんて一体どんな人か気になる・・
イケメンだけでなく経歴もすごいみたいですよ。
そこで今回は・・・
- 池坊専宗氏のすごい学歴
- 池坊専宗氏の華道家・写真家としての華々しい経歴
- 池坊専宗氏と皇室の深い関係
華道家・写真家としての話題を呼んでいる池坊専宗氏を紹介していきたいと思います。
池坊専宗の学歴がスゴイ!
池坊専宗氏の学歴を見てみましょう。
学歴 | 偏差値 |
---|---|
小学校(不明)ノートルダム学院小学校? | ー |
中学校(不明) | ー |
京都教育大学附属高等学校 | 69 超難関 |
慶應大学理工学部 入学 | 65 超難関 |
東京大学法学部 入学 | 75 超難関 |
小学校について
出身小学校は公表されていません。
ですがノートルダム学院小学校を卒業されている可能性が高いと思われます。
その理由は池坊家の叔母にあたる池坊美佳氏、母親の専好氏が出身校と明かされています。
京都に長い間お住いの方であれは、まず、池坊専宗さんのような良いお家柄の方であればノートルダム小学校だろうと思われるほど有名な小学校です。
歴史のあるノートルダム小学校は親子・家元にわたって入学することが多いそうです。
池坊美佳さんや池坊専好さん以外にも、ノートルダム小学校を卒業した卒要請はたくさんいます。
- 池坊 美佳 華道家/華道家元池坊総務所
- 笹岡 隆甫 華道家元/未生流笹岡
- 千 宗員 表千家不審菴
- 観世 三千子 (五世 井上 八千代) 京舞井上流五世家元
- 桑原 櫻子 花道桑原専慶流副家元 料理研究家
- 松井 道宣 医師 医療法人同仁会(社団) 京都九条病院理事長
- 佐山 展生 インテグラル株式会社代表取締役 一橋大学大学院国際企業戦略研
- 土井 健資 (株)土井志ば漬本舗 代表取締役社長(五代目)
- 徳岡 邦夫 京都吉兆 代表取締役す。兼総料理長
- 鈴鹿 可奈子 聖護院八ッ橋総本店 専務取締役
華道の世界では、未生流笹岡流華道で3代家元を継承されています。
その他、裏千家15代家元を継承されている千 宗員さん。
2004年98歳で他界されている観世 三千子 さんは、京舞井上流五世家元で人間国宝二認定され、文化勲章も受賞されています。
京都では名だたる著名人が卒業している小学校がノートルダム小学校なのです。
小学3年生の時、担任の先生から贈られた書に揮毫(きごう)された言葉が、道しるべになっている。「雨垂れ石を穿つ」だ。
オリコンニュース https://www.oricon.co.jp/news/2238714/full/
またまた、難しそうな内容ですが、簡単に言うと、
この言葉に込められた意味も解説されています。
「日々、生きていることに正直にいたいです。花は刹那的で、写真もその一瞬を写すものですけど、それが、少しずつ溜まっていって、人生が続いていくのではないかと思っています。コツコツ続けてやっていくことが、5年後、10年後に形になる。そう信じています」と力を込める。
オリコンニュース https://www.oricon.co.jp/news/2238714/full/
小学校3年生の時点でこの言葉を生徒に書き記した先生もスゴイですし、それをまた大切に覚えている専宗さんがスゴイと思います。
年に2回、秋には「硬筆大会」、冬休み明けには「書き初め大会」を小学校内で開催しています。
この点からもノートルダム小学校に通われていた可能性が非常に高いと思われいます。
ノートルダム小学校は男女共学ですが、中学校からは女子校になります。
ですから、ノートルダム小学校に通う男子は中学受験をされます。
中学校について
出身中学校も公表されていません。
しかしながら、間違いなく中学受験はされているので、中学校も京都教育大付属中学校に通われていた可能性があると思います。
池坊専宗さん自身のHPで次のような書き込みがあります。
昔は野球が好きだった。学校から帰ると同級生とその足ですぐ鴨川の河川敷に集まり、シャツが肌に張りつくほど野球をした。
池坊専宗Hp https://senshuikenobo.com/profile.html
中学時代は野球に熱中をしていたそうです。
鴨川の河川敷で同級生と野球の練習をしていたとのこと。
京都教育大付属中学校なら鴨川尾までは10分足らずで歩いていけます。
ただ、鴨川河川敷グランドで練習していたとすると歩いて35分程度かかります。
練習のためのロードワークとしては河川敷を走ることはとっても快適です。
様々な場所から京都教育大付属中学校へ通っている方が多いので、その点はどうかと思います。
学校から帰るとすぐに河川敷に向かっていたということなので、もしかしたら地元の河川敷グランドから近い下鴨中学校や近衛中学校の可能性もあります!
となると、中学校受験には残念ながら失敗してしまい、私学中学は断念して公立中学校に行ったことになります。
⚾始球式⚾
— パ・リーグ.com / パーソル パ・リーグTV【公式】 (@PacificleagueTV) September 20, 2022
『EGAODO MATCH 2022』の開催を記念し、華道家・写真家の #池坊専宗 さんが始球式に登場✨ #seibulions @lions_official pic.twitter.com/KQhfMNK2Qs
中学時代の野球に打ち込んだ経験が今に生きている画像です。
Xでは西武ライオンズ球場で『EGAODO MATCH 2022』の開催を記念の始球式で登場されました。
また、2024年9月19日にも西武ライオンズ球場で始球式に望まれています。
様々な経験を今に生かされていてステキですね!
高校について
京都教育大付属高校は偏差値69で、中高一貫の学校ですが、高校から入学するのは難関といわれています。
毎年、京都大学への進学者が5名程度いる進学校です。
東大への合格者は多くはないですが、慶応大学や早稲田大学への進学者もいる高校です。
高校から理系で数学を専攻されており、大学受験も数学の分野で研究者になろうと考えていたそうです。
大学について
そんな進学高校で大学受験をされ、数学系の慶応大学理工学部に合格。
いざ慶応大学理工学部に入学して数学を学問として勉強しはじめると、地味で堅実な学問だということを知り、無理感がお寄せてきたそうです。
そこで・・・
僕は他大に通いながら再受験をして東大に入学したので、勉強をしっかりやらないと、大学に入り直した意味がないと思ってコツコツ勉強していたら、自然と成績もついてきたので法学部に進学しました。結果的にはすごく良い選択だったと思います。
法学というのは非常に人を見る学問なんですよね。「どうしてこういう行動が許されるのか」「なぜ人の生き方を国家が強制できるのか」。時代や人の行動・思考が変わっていく中での、人に対する規範としての法律の在り方、そして人の在り方を考える学問だと思います。
出典:東大新聞オンライン https://www.todaishimbun.org/ikenobo_20230513/
東大には後期試験で合格。
小論文、数学と理科の複合科目、英語を無事にクリア。
慶応大では単位を取る目的もあって数学を粘って勉強していました。これが結果的に東大入試に効いたんです。世の中、どこで何が役に立つか分からないし、無駄なことはないと実感しました」。人生勉強にもなった。
オリコンニュース https://www.oricon.co.jp/news/2238714/full/
慶応大学で単位取得目的で勉強していた数学が役に立ったとのこと。
ひとつひとつの出来事を人生観に繋げられるところは素晴らしいと思います!
東大では法哲学を専攻。
私自身、人に興味があるんです。数字では割り切れない人間という存在、人とのつながり、そういったニュアンスやアナログといった言葉で表現されることに関心があります」
オリコンニュース https://www.oricon.co.jp/news/2238714/full/
人間の感性について法律の側面から興味を持ち、池坊お家元となるきっかけを見つけていかれたそうです。
理系学部から文系学部に転進することだけでもすごいのに「卓越」を受賞なんて・・相当優秀な方ですね。
東大法学部のエリートコースである官僚や弁護士になることも考えたという池坊専宗さん。
「自分に正直なことをしようと思いました」。それが、家族が代々受け継いでいる生け花だった。
オリコンニュース https://www.oricon.co.jp/news/2238714/full/
ということで、東大卒業後に本格的に生け花の世界へ。
家系として素晴らしい血筋にお生まれになっている池坊専宗さん。
誰にでもなれるものではなく、選ばれし生を受けてこられた方。
池坊専宗さん自身で様々な格闘はあったと思いますが、素晴らしい選択をされたと思います。
池坊専宗氏の経歴もスゴイ~華道家元池坊としての顔
池坊専宗氏の華道家としての経歴を見ていきましょう。
池坊家のルーツですが室町時代に池坊専応が華道の理念を確立。
家元は代々聖徳太子が創建。「生け花発祥の地」といわれる紫雲山頂法寺(通称:六角堂、京都)の住職を務める。
池坊氏が歴史上文献に記録されてから、2022年に560年を迎えます。
父雅文氏は東大出身の元大蔵省官僚で母は45代家元池坊の娘で時期家元の池坊専好氏です。
【京都文化寄付月間メッセージ】
— 【公式】京都市文化芸術総合アカウント (@Kyotocity_Art) December 15, 2023
池坊 専好(華道家元池坊 次期家元)
つくり手や表現者だけではなく、応援することで誰もが文化をつなぎ創造することができます。すべての人が文化の豊かさを感じ、そこから力を得ることのできる社会へ、文化首都・京都から…
続きはこちら→https://t.co/hJb5sk0RMK pic.twitter.com/ktRHdTvho4
幼少期から大学卒業をするまでは生け花を熱中することはなく両親からも「やりたいことをその時にやりなさい」と言われ育ったそうです。
御陵印や周囲の方も池坊お家元の後継者として期待されていたのでしょう。
しかし、ご両親から強要されることもなく、自然体で生け花に向き合うことが出来たことが、かえって次期お家元としての自覚をうながしたのかもしれませんね。
大学卒業後東京で新しい先生と出会い生け花の稽古を再開しました。
彼と稽古をするのは密室の空間で、朝から晩まで草木を除けばふたりきりで長い時間を過ごす。スケジュールを無視して何時になろうとも稽古が終わらないことはよくあったし、途中まで生けていた花をすべて抜かれたこともあった。「これがよくないんや」「これはこうしたらいい感じじゃない?どう思う?」なんて言われながら最終的に自分の花が跡形もなくなったのには笑ってしまったが、彼は嘘をつけない人なのだ。こうした方がいいと思うと、黙って見ていられない。彼は花に対して常に誠実だった。
出典:https://senshuikenobo.com/profile.html
厳しくても情に厚く、気難しい先生だったそうですが花に対して誠実な先生を通して、いろいろなことを学んだそうです。
その後日本橋三越本店・京都 高島屋など多数出瓶、東京国立博物館アンバサダー、花の甲子園審査員、テレビ・ラジオ出演など華道家として広くメディアに出演し生け花の文化を広めております。
あさイチに出ている池坊専宗さん。お若いのに品があって言葉が洗練されている。お家柄も学歴も凄くてこれが本物の王子様?😵
— min2 (@minmin244) March 17, 2023
池坊専宗氏の経歴もスゴイ~写真家としての顔
いけばなの記録として撮り始めたのがきっかけでした。最近のデジカメやスマホで撮れば、誰でも綺麗な写真は撮れます。だけど、心に触れる写真は撮れる人と撮れない人がいる。それは、写真は感じたものしか写さないからです。良い写真を撮るためには、心の感度を高める必要があるのです。自分が交わった植物の命、その時感じた時間の流れ・空間を残そうという思いでシャッターを切っています。つまり、良い写真が撮れたということは、私自身が豊かな時間を過ごすことができたということとイコールなのです。
出典:nipponcollection https://www.nipponcollection.com/nc-interview/12_senshuikenobo
はじめは生け花の記録として写真を撮り始めたのですが写真の魅力に惹かれその才能を発揮しSNSなどでも発信をしています。
そして2022年に第18回京都現代写真作家展新鋭賞受賞。
京都府では、写真芸術の振興を目的に、1986年から公募展「京都現代写真作家展」を隔年で開催しています。
本展は、第18回京都現代写真作家展の受賞者が、今後より活発な制作活動を展開されることを期待し、企画したものです。
写真のもつ意味や独自性、創造性、瑞々しい感性を生かした表現に挑み、現代に発信しようとする作品群を、是非ご覧ください。
京都府Hp https://www.pref.kyoto.jp/bungei/news/
その受賞式典も開かれトークショーにも参加されています。
尚、新鋭賞とは、35際以下の優れた作品の贈られる賞です。
生け花だけでなく写真家としても老若男女に幅広い支持を得ています。
その他にも、写真家としてクラウドファンディングで支援を募り、写真集を発行されています。
華道家であり写真家でもある[使い手]の池坊専宗が、約70カ所もの工房を訪ね、匠の技を撮影、独自の感性と視点で活写した伝統工芸写真集を刊行し、全国、世界に発信します。日本が古来紡いできた唯一無二の匠の技の伝承のため、ご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
Facebookより
https://www.facebook.com/story.php/?story_fbid=1194712755093561&id=100036645441757&_rdr
クラウドファンディングで良き伝統を伝えようとする取り組みにも積極性を感じられますね!
池坊専宗氏と皇室との深い関係
ここでは池坊専宗氏と皇室との関係を紐解いていきます。
池坊専宗氏は母方の祖母にあたる池坊保子の母方の祖母が久邇宮朝彦親王の六女であり、久邇宮朝彦親王の第三王子が昭和天皇の皇后・香淳皇后の父であるため、愛子様とは遠い親戚にあたります。
また、池坊保子氏の父方の家系(梅渓通虎)も、10世紀半ば頃(平安時代)の第62代天皇・村上天皇の子(具平親王)が臣に下って姓を賜った久我家をルーツにしているため、遡ると天皇家にあたります。
池坊専宗氏は、由緒正しき皇族に縁のある家に生まれ育っています。
まとめ|池坊専宗の学歴・経歴そして皇室との深い関係
項目 | 内容 |
---|---|
学歴 | 慶應大学理工学部卒業後、東京大学法学部に再入学し「卓越」を受賞した経歴を持つ。 |
華道家としての経歴 | 生け花文化の継承と普及に尽力し、メディア出演や国際的な活躍で注目を集める。 |
写真家としての活動 | 生け花の記録から始まり、感性豊かな作品で京都現代写真作家展新鋭賞を受賞。 |
皇室との関係 | 家系が久邇宮朝彦親王や村上天皇に遡る縁を持ち、愛子様とも親戚関係にある。 |
池坊専宗氏は、華道家としてだけでなく写真家としても多方面で活躍する多才な人物です。
学歴や経歴の高さだけでなく、日本の伝統文化を次世代へ広める使命感を持つ姿勢が、多くの人々に感銘を与えています。
彼の魅力は華道の世界にとどまらず、現代的な視点から日本文化を再解釈し、新たな価値を生み出している点にもあります。
このように池坊専宗氏は学歴もさることながら皇室とも深い関係で結ばれています。
歴史のある家元であり生け花という日本の伝統的文化を幅広い世代に魅力を伝え、文化を継承する役割を担っております。
愛子様の婿候補としてお名前は上がっておりますが、今後のご活躍に期待ですね。
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